2007年06月29日
先に食券を買ってください
今回は、券売機のお話。
都立家政にある「麺や 七彩」のメニューには、
「喜多方らーめんタイプH」と同「タイプB」があります。
このHとBは、喜多方にある名店「はせ川」と「坂内食堂」の
イニシャルで、それぞれの味をインスパイアしているということ。
簡単にいうとHが醤油で、Bが塩です。
大きさがそれぞれ大中小あり、すべて同料金。
創作にも意欲的で、現在は冷やしメニューが7種類もあります。
2人の店員さんが忙しそうに立ち働いていますが、
着ているのはごくフツーのTシャツ姿。それぞれ青と赤。
壁には“再処理”が有害であることの解説図解が貼ってある。
味としてはとてもレベルの高いお店なのですが、
お店全体からは、文字通りの“カラー”がよく見えてこない。
先日、わたしが伺ったとき、
「味噌はないの?」と聞くオジさんがいました。
その質問から歴然ですが、とりたててラーメン好きではなく、
ラーメン「専門店」にはあまり入らない方と見受けられます。
券売機も素通りしていて(わたしもよくやります)、
先に食券を買うよう促され、オジさんは券売機とにらめっこを始めました。
冒頭で述べたように、この店はメニュー名が変わっており、
ハッキリいってわかりずらい。
オジさんは背をかがめ、しばらくメニューを読んでいました。
そうこうするうちに、若い男性客ふたりがオジさんの後ろに並んでしまった。
わたしはこういう時、焦りまくって希望と違うものに手を出してしまいがち。
食べながら横目で見ているだけで、ハラハラしてしまいました…。
それはそれとして、最近、券売機の是非が問われます。
主として「衛生面においても券売機は必要!」という主張が多く、
よく目にするのですが、果たしてそうでしょうか?
お金に触れないので衛生的、注文の間違いがない、金額の間違いがない、
会計の手間と時間の節約、人件費がいらない、店員の売り上げ着服防止、
などのメリットはあります。しかしそれは主に、店側の都合です。
メニューがわかりずらい(探しずらい)、選ぶまでに早さを要求される、
つまりメニュー数が多いと不向き、故障時の対応が困難、
追加オーダーがしずらいなど、デメリットもまた数多く存在します。
そこでラーメン屋さんは様々な対抗策を講じざるを得ない。
ラーメン店において「券売機=衛生的」という価値観を謳い、
浸透させたのは「麺屋 武蔵」の山田雄さんの主張であり、功績でしょう。
それまでは店も客も言ってなかったんですから。
ファブリーズな世の中ですが、果たしてそこまでイン・ザ・プールに
なる必要があるんでしょうか。
不特定多数の人が触る券売機のボタンは大丈夫なんでしょうか?
「麺屋 武蔵」はほかにも女性客が足を運びやすい工夫を凝らしました。
武蔵の成功とともに、それに影響されたスタイルの店も増加。
その結果、(とくにそれ以降の)客は、他の店に対しても、
同様のサービスを要求するようになったのではないかと思うのです。
「ラーメン屋」というあまりに巨大な括りで。
いえ、なにも「必要派」を否定しているのではありません。
もちろん券売機があったっていい。
たとえばある一定の繁盛店となれば、行列を少しでも短くするため、
効率を上げる必要がありますし、店舗が小さくて人を配せないとか、
ご主人ひとりの営業で調理から目が離せない…などなど。
券売機もハサミも使いようです。ただ、
「券売機があるのは清潔」
というところまではいいのですが、だからといって
「券売機がない店は不衛生」
というのは論理のすり替えですね。
こういうのが言論の(自由に見える)暴力です。
しかしそれ以前に、商いとしての質というものがあります。
人の手を介するということの温かみ、重みですね。
わたしには、会計時におけるたくさんの良い思い出があります。
(すべて書きたいところですが、いい加減長いので端折ります)
これも逆に、食券制だから温かみがないという話ではありません。
少々不衛生に感じる店でも、それを凌駕する魅力があったりもします。
お店を綺麗にしたために閉店してしまった店だってあるのです。
発売したばかりの「月刊とらさん」7月号には、
「券売機があっては成立しない、素敵な話」
が掲載されています。券売機必要論者の方も、
少し頭をやわらかくしてご一読されてはいかがでしょう。
都立家政にある「麺や 七彩」のメニューには、
「喜多方らーめんタイプH」と同「タイプB」があります。
このHとBは、喜多方にある名店「はせ川」と「坂内食堂」の
イニシャルで、それぞれの味をインスパイアしているということ。
簡単にいうとHが醤油で、Bが塩です。
大きさがそれぞれ大中小あり、すべて同料金。
創作にも意欲的で、現在は冷やしメニューが7種類もあります。
2人の店員さんが忙しそうに立ち働いていますが、
着ているのはごくフツーのTシャツ姿。それぞれ青と赤。
壁には“再処理”が有害であることの解説図解が貼ってある。
味としてはとてもレベルの高いお店なのですが、
お店全体からは、文字通りの“カラー”がよく見えてこない。
先日、わたしが伺ったとき、
「味噌はないの?」と聞くオジさんがいました。
その質問から歴然ですが、とりたててラーメン好きではなく、
ラーメン「専門店」にはあまり入らない方と見受けられます。
券売機も素通りしていて(わたしもよくやります)、
先に食券を買うよう促され、オジさんは券売機とにらめっこを始めました。
冒頭で述べたように、この店はメニュー名が変わっており、
ハッキリいってわかりずらい。
オジさんは背をかがめ、しばらくメニューを読んでいました。
そうこうするうちに、若い男性客ふたりがオジさんの後ろに並んでしまった。
わたしはこういう時、焦りまくって希望と違うものに手を出してしまいがち。
食べながら横目で見ているだけで、ハラハラしてしまいました…。
それはそれとして、最近、券売機の是非が問われます。
主として「衛生面においても券売機は必要!」という主張が多く、
よく目にするのですが、果たしてそうでしょうか?
お金に触れないので衛生的、注文の間違いがない、金額の間違いがない、
会計の手間と時間の節約、人件費がいらない、店員の売り上げ着服防止、
などのメリットはあります。しかしそれは主に、店側の都合です。
メニューがわかりずらい(探しずらい)、選ぶまでに早さを要求される、
つまりメニュー数が多いと不向き、故障時の対応が困難、
追加オーダーがしずらいなど、デメリットもまた数多く存在します。
そこでラーメン屋さんは様々な対抗策を講じざるを得ない。
ラーメン店において「券売機=衛生的」という価値観を謳い、
浸透させたのは「麺屋 武蔵」の山田雄さんの主張であり、功績でしょう。
それまでは店も客も言ってなかったんですから。
ファブリーズな世の中ですが、果たしてそこまでイン・ザ・プールに
なる必要があるんでしょうか。
不特定多数の人が触る券売機のボタンは大丈夫なんでしょうか?
「麺屋 武蔵」はほかにも女性客が足を運びやすい工夫を凝らしました。
武蔵の成功とともに、それに影響されたスタイルの店も増加。
その結果、(とくにそれ以降の)客は、他の店に対しても、
同様のサービスを要求するようになったのではないかと思うのです。
「ラーメン屋」というあまりに巨大な括りで。
いえ、なにも「必要派」を否定しているのではありません。
もちろん券売機があったっていい。
たとえばある一定の繁盛店となれば、行列を少しでも短くするため、
効率を上げる必要がありますし、店舗が小さくて人を配せないとか、
ご主人ひとりの営業で調理から目が離せない…などなど。
券売機もハサミも使いようです。ただ、
「券売機があるのは清潔」
というところまではいいのですが、だからといって
「券売機がない店は不衛生」
というのは論理のすり替えですね。
こういうのが言論の(自由に見える)暴力です。
しかしそれ以前に、商いとしての質というものがあります。
人の手を介するということの温かみ、重みですね。
わたしには、会計時におけるたくさんの良い思い出があります。
(すべて書きたいところですが、いい加減長いので端折ります)
これも逆に、食券制だから温かみがないという話ではありません。
少々不衛生に感じる店でも、それを凌駕する魅力があったりもします。
お店を綺麗にしたために閉店してしまった店だってあるのです。
発売したばかりの「月刊とらさん」7月号には、
「券売機があっては成立しない、素敵な話」
が掲載されています。券売機必要論者の方も、
少し頭をやわらかくしてご一読されてはいかがでしょう。

