2008年05月04日
コールで凍る
青山テルマは好みの顔ではないのに、なぜだか妙に可愛いく思えます。
それはさておき。
多賀野のあと、急遽、五反田で働く友人・N君と飲むことに。
ガード下で飲みつつ話していると、ラーメンの話題に。
N君は最近、生まれて初めて二郎を食べたという。
二郎に詳しい知人に、某二郎(わたしは未食店)に連れて行ってもらったそうだ。
味についてはさておき、彼はたいへん憤慨したそうである。
味や量のことではない。例の、コール(呪文)について。
「『どうします?』ってなんだよ。あれは人をバカにしてんのか?!」
〜ラーメン二郎を知らない人のための解説〜
二郎ではまず大きさ(小・大)についての食券を買います。
で、ラーメンが出来上がると、無料のトッピングを聞いてくれるのです。
主に「野菜、カラメ、ニンニク、アブラ」の4つを入れるかどうか。
(野菜は増量、カラメは味を濃く)
で、「野菜、ニンニク」などと答えて乗せてもらうわけです。
これを通称「コール」というんですが、
その時にはたいがい「ニンニク入れますか?」って聞いてきます。
その聞き方なら、コールのよくわからない一見さんでも、
「はい」とか「いいえ」で答えられるんですけど、店によっては
「どうします?」とか「ハイ次の人〜」とか言うんですね。
確かにそれだと、トワイライトゾーン以外の何ものでもない。
頭にたくさんの「?」が浮かぶだけでしょう。
N君はその知人から、そこそこレクチャーを受けていたそうですが、
やはり咄嗟のことで、どうしたものか、混乱したそうです。
「しょうがねえから『普通でいいです』って言ったけどよ〜。
あんなの、一見に恥をかかせる以外の何モンでもねえだろ。
なんか常連みたいのがニタニタしてやがるしさ。帰ろうかと思ったよ」
…そういう残念な輩は確かにいるし、それがまた彼らのイビツな喜びを
かき立て、恥をかいた人の足を阻むスパイラルを作り出す。
泉昌之さんの名作「新さん」の第一話「マシマシ」では、
突然のコールに戸惑い、意に反して媚び諂い、自己嫌悪に陥る新さんの姿が
面白おかしく描かれている。新さんはラストに、
「テレっくさくて もう行けねえよ あの店…」と思いながら帰るのだ。
N君は、自分の仕事、業務として
「お客様がなんの知識もなくても便利に製品を使えるような工夫」に
努力と誠意を尽くしている。そして横暴なクレームにも耐えて謝り、
さらに品質と使いやすさの向上に研究を重ねている。
だからこそ許せなかったんだろう。
「客側が知ってて当たり前」という不親切さや理不尽さが。
たとえば、恥をかかないようネットで前もって調べてから行くなんてのは、
姿勢としてイヤミだよね。
何も知らずに入っていき、「ラーメンひとつ!」の方が精神として健全。
それで通るのが普通だし、それが基本だ。
しかしわたしはラーメン好き。ラーメン側を擁護したい。
N君にも少し、理解してもらわなければ。
「あれはあくまで『無料』のトッピングだから、ほんとにオマケというか
サービスの範疇なんだよね。だからおおっぴらに書いてないというか」
「それが、イコールあの態度でいい、っていう理屈にはならんだろ。
だったら知っている人間だけがオーダーできるような工夫をしとくべき。
それができないんなら、説明を書いておくしかねえだろうが。
『初めての方へ』みたいなさ」
…いちいちゴモットモです。
店舗によってはちゃんと書いてあったりもするんだけどね…。
そうか、どう伝えるべきかわかったぞ。
「あれはさ、元々ああいうカタチで店を始めたわけじゃなくて、
ほんとに客のワガママから出て、店のサービス精神がそれを享受して、
客と店とのやりとりの中で、長い時間をかけて形成されていったシステム
なんだよ…だから言ってみれば…もう『文化』なんだよね、二郎の」
(—っていうのは本店だけに通じる理屈ですけど、そこは内緒で)
するとN君は腕を組んで沈黙した。
「文化……文化か。そう言われちゃっちゃあ、しょうがねえか…」
こうしてN君は納得してくれた。
まあ、客観的にみれば詭弁なんだけどね。
我々ラーメン好きには、「だって二郎なんだし」っていう気持ちや、
ラーメン好きならではの情報があるから、そこはあまり問題視しないというか、
むしろ「わからなくてゴメンナサイ」っていう卑屈さがあったりするけど、
それは都市伝説的に広がったことによる、例外的で特殊なケースだ。
だってわたしも、二郎以外の店で同じような目にあった時、
やっぱり激怒したからね。
「先に説明しとけやー!!」って。
それはさておき。
多賀野のあと、急遽、五反田で働く友人・N君と飲むことに。
ガード下で飲みつつ話していると、ラーメンの話題に。
N君は最近、生まれて初めて二郎を食べたという。
二郎に詳しい知人に、某二郎(わたしは未食店)に連れて行ってもらったそうだ。
味についてはさておき、彼はたいへん憤慨したそうである。
味や量のことではない。例の、コール(呪文)について。
「『どうします?』ってなんだよ。あれは人をバカにしてんのか?!」
〜ラーメン二郎を知らない人のための解説〜
二郎ではまず大きさ(小・大)についての食券を買います。
で、ラーメンが出来上がると、無料のトッピングを聞いてくれるのです。
主に「野菜、カラメ、ニンニク、アブラ」の4つを入れるかどうか。
(野菜は増量、カラメは味を濃く)
で、「野菜、ニンニク」などと答えて乗せてもらうわけです。
これを通称「コール」というんですが、
その時にはたいがい「ニンニク入れますか?」って聞いてきます。
その聞き方なら、コールのよくわからない一見さんでも、
「はい」とか「いいえ」で答えられるんですけど、店によっては
「どうします?」とか「ハイ次の人〜」とか言うんですね。
確かにそれだと、トワイライトゾーン以外の何ものでもない。
頭にたくさんの「?」が浮かぶだけでしょう。
N君はその知人から、そこそこレクチャーを受けていたそうですが、
やはり咄嗟のことで、どうしたものか、混乱したそうです。
「しょうがねえから『普通でいいです』って言ったけどよ〜。
あんなの、一見に恥をかかせる以外の何モンでもねえだろ。
なんか常連みたいのがニタニタしてやがるしさ。帰ろうかと思ったよ」
…そういう残念な輩は確かにいるし、それがまた彼らのイビツな喜びを
かき立て、恥をかいた人の足を阻むスパイラルを作り出す。
泉昌之さんの名作「新さん」の第一話「マシマシ」では、
突然のコールに戸惑い、意に反して媚び諂い、自己嫌悪に陥る新さんの姿が
面白おかしく描かれている。新さんはラストに、
「テレっくさくて もう行けねえよ あの店…」と思いながら帰るのだ。
N君は、自分の仕事、業務として
「お客様がなんの知識もなくても便利に製品を使えるような工夫」に
努力と誠意を尽くしている。そして横暴なクレームにも耐えて謝り、
さらに品質と使いやすさの向上に研究を重ねている。
だからこそ許せなかったんだろう。
「客側が知ってて当たり前」という不親切さや理不尽さが。
たとえば、恥をかかないようネットで前もって調べてから行くなんてのは、
姿勢としてイヤミだよね。
何も知らずに入っていき、「ラーメンひとつ!」の方が精神として健全。
それで通るのが普通だし、それが基本だ。
しかしわたしはラーメン好き。ラーメン側を擁護したい。
N君にも少し、理解してもらわなければ。
「あれはあくまで『無料』のトッピングだから、ほんとにオマケというか
サービスの範疇なんだよね。だからおおっぴらに書いてないというか」
「それが、イコールあの態度でいい、っていう理屈にはならんだろ。
だったら知っている人間だけがオーダーできるような工夫をしとくべき。
それができないんなら、説明を書いておくしかねえだろうが。
『初めての方へ』みたいなさ」
…いちいちゴモットモです。
店舗によってはちゃんと書いてあったりもするんだけどね…。
そうか、どう伝えるべきかわかったぞ。
「あれはさ、元々ああいうカタチで店を始めたわけじゃなくて、
ほんとに客のワガママから出て、店のサービス精神がそれを享受して、
客と店とのやりとりの中で、長い時間をかけて形成されていったシステム
なんだよ…だから言ってみれば…もう『文化』なんだよね、二郎の」
(—っていうのは本店だけに通じる理屈ですけど、そこは内緒で)
するとN君は腕を組んで沈黙した。
「文化……文化か。そう言われちゃっちゃあ、しょうがねえか…」
こうしてN君は納得してくれた。
まあ、客観的にみれば詭弁なんだけどね。
我々ラーメン好きには、「だって二郎なんだし」っていう気持ちや、
ラーメン好きならではの情報があるから、そこはあまり問題視しないというか、
むしろ「わからなくてゴメンナサイ」っていう卑屈さがあったりするけど、
それは都市伝説的に広がったことによる、例外的で特殊なケースだ。
だってわたしも、二郎以外の店で同じような目にあった時、
やっぱり激怒したからね。
「先に説明しとけやー!!」って。
2008年05月04日
ラーメンダイヴ
「猫の品格」って本を出したら売れるような気がしています。
それはさておき。
一昨日は「中華そば 多賀野」へ。
こっそり取材も兼ねていたんですが、要は食べて帰っただけです。
2月に来た時には、目当ての中華そばが食べられませんでした。
そのあと、実は1度リベンジしに来たんですけど、
なんだか(気分的に)不発に終わったんです。
そのときは、女性と来ていたんですね。ほとんど初対面に近い人と。
これまで多賀野に同行した女性は3人いますが、
多賀野にはやはり1人で来るべき(もしくはバラバラで入るべき)です。
ひとりで集中して食べると、味の感じ方が全然違う。
多賀野を充分に知っている人ならともかく、初めて行く人が一緒だと、
期待に添えてるんだろうか?とか、その反応が気になっちゃったりとか、
紳士たるもの、食べ終わる歩調を合わせなきゃ…とか、ずっと考えちゃう。
味を決めるものは、およそ60項目くらいあるとわたしは考えています。
その中には「同行者の有無や、その関係」というのも含まれるわけで。

中華そば650円
ひとりで向き合うと、味の網の目をすり抜けて進むことができる。
2つのチャーシューの違い、スープの複雑な織り重なり、
繊細さと大胆さの妙…そういったものが、ハッキリと姿を現してくる。
中華そばの中に飛び込んでいるような、周囲の音が消えて行くような、
世界にわたしとこの中華そばしかいないような、そんな感覚。
それはもう、なんかちょっと泣きそうなくらい五感を震わせる、
めくるめく多賀野ファンタジー。
余人の入る隙間なんか、ないのさ。
それはさておき。
一昨日は「中華そば 多賀野」へ。
こっそり取材も兼ねていたんですが、要は食べて帰っただけです。
2月に来た時には、目当ての中華そばが食べられませんでした。
そのあと、実は1度リベンジしに来たんですけど、
なんだか(気分的に)不発に終わったんです。
そのときは、女性と来ていたんですね。ほとんど初対面に近い人と。
これまで多賀野に同行した女性は3人いますが、
多賀野にはやはり1人で来るべき(もしくはバラバラで入るべき)です。
ひとりで集中して食べると、味の感じ方が全然違う。
多賀野を充分に知っている人ならともかく、初めて行く人が一緒だと、
期待に添えてるんだろうか?とか、その反応が気になっちゃったりとか、
紳士たるもの、食べ終わる歩調を合わせなきゃ…とか、ずっと考えちゃう。
味を決めるものは、およそ60項目くらいあるとわたしは考えています。
その中には「同行者の有無や、その関係」というのも含まれるわけで。

中華そば650円
ひとりで向き合うと、味の網の目をすり抜けて進むことができる。
2つのチャーシューの違い、スープの複雑な織り重なり、
繊細さと大胆さの妙…そういったものが、ハッキリと姿を現してくる。
中華そばの中に飛び込んでいるような、周囲の音が消えて行くような、
世界にわたしとこの中華そばしかいないような、そんな感覚。
それはもう、なんかちょっと泣きそうなくらい五感を震わせる、
めくるめく多賀野ファンタジー。
余人の入る隙間なんか、ないのさ。
2008年05月04日
スパイスボーイズ
半田健人さんと大野智さんは、年下だけど手放しでスゴいと思います。
それはさておき。
前エントリーで、スパイスについて触れましたが、スパイスつながりでひとつ。
昨年、某ラーメン店で食べていたところ、ある若手の評論家さんが、
店主に質問をするシーンに遭遇したことがあります。
メモを取り出し、あれこれ訊いているんですが、
そんな場面に出くわすこともないんで、思わず耳ダンボ。
質問は修業先のことから麺やスープ、そして具に及び…
評論家「このチャーシュー、ウーシャンフェン(五香粉)とか使ってます?」
店主「…えっ? ウーシャ…なんですか?」
評論家「えっとですね。ウー シャン フェン、使ってますか?」
店主「…いや、とくには…」
…横で聞いていて、失笑しかできませんよ。これは。
いやなに、彼の舌がどうだとか言いたいんじゃなくて。
本の監修までするような人でも、わからんかったりするのですよね。
基本的にそんなもんでしょうよ。
関係ないですが、その人の「ウー シャン フェン」の言い方に、
「チャン リン シャン」を思い出しました。
それはさておき。
前エントリーで、スパイスについて触れましたが、スパイスつながりでひとつ。
昨年、某ラーメン店で食べていたところ、ある若手の評論家さんが、
店主に質問をするシーンに遭遇したことがあります。
メモを取り出し、あれこれ訊いているんですが、
そんな場面に出くわすこともないんで、思わず耳ダンボ。
質問は修業先のことから麺やスープ、そして具に及び…
評論家「このチャーシュー、ウーシャンフェン(五香粉)とか使ってます?」
店主「…えっ? ウーシャ…なんですか?」
評論家「えっとですね。ウー シャン フェン、使ってますか?」
店主「…いや、とくには…」
…横で聞いていて、失笑しかできませんよ。これは。
いやなに、彼の舌がどうだとか言いたいんじゃなくて。
本の監修までするような人でも、わからんかったりするのですよね。
基本的にそんなもんでしょうよ。
関係ないですが、その人の「ウー シャン フェン」の言い方に、
「チャン リン シャン」を思い出しました。

